矛盾との同居

私は人間関係や社会とのかかわりが苦手なほうでしょうか。
仕事の機能を優先していきてきましたから、企業内で相応な軋轢
を起こしてきました。
いわゆる属人的な判断がもっとも嫌いなことです。

そのためか、企業内の人間関係は、とくに私より上の立場の人に
は悪かったと思います。
ずけずけものを言いますからね。
やはり、上の立場の人間はストレートにものをいう人間を嫌った
り、遠ざけたりします。

もっとも、私は、このようなタイプの人間とうまくやろうなどと
は考えておらず、少数の理解者と仕事をすすめていくことになり
ます。
それでも運がよかったのは、比較的どのような企業でも経営者か
ら理解を得られたことです。
社員間に軋轢があっても筋を通していきますから、私を嫌ってい
る方たちの抵抗が相当ありました。
それでも進めるのが私流。

どういうわけか、経営者、あるいは私より立場が下の人たちが理
解してくれて仕事がうまくいくことが多かったように思えます。
人間嫌いなのですが、人間から理解されるという矛盾の中で生き
てきたともいえるでしょうか。
それでも長く付き合ってきた人は極少数です。

人間嫌いなのですが、人間に助けてもらう、という矛盾を抱えて
います。
それは当然です。
社会全体が人間関係を通して活動しているからです。

私のようなタイプがなんとか生きてこれたのは、私を支えてくれ
た人たちが沢山ではありませんが、確実に存在した、ということ
です。
私は、私の矛盾に満ちた会社生活において、このような人たちに
感謝しかありません。

人生には、ある程度矛盾があるものでしょう。
その矛盾を抱えながらも自分らしく生きていくほかない、とも感
じています。
それは、ひとそれぞれに自分を受け入れながら生きていくことに
ほかならないからです。

私は、むずかしく考えるよりは、自分に素直に生きてきただけで
ですが。。。
妻には、言葉がきつく誤解されることが多い、とおしかりを受け
ます。

働くけど、休む

私は仕事に関して妥協できないタイプですから、やるときは徹底
的にやります。
部下を道ずれにはしません。
部下は、帰宅させて自分ひとりでやります。
理由は、自分の仕事だからです。
この流儀は、サラリーマン生活のほとんどだったでしょうか。
残業代をもらおうが、もらうまいが関係ありません。
自分の仕事だからです。

このような状態で死亡することだけが心配でした。
家族やそのまわりの人たちは、私の意思で仕事をやっていると思
うことは稀でしょう。
これだけは、会社に迷惑をかけることがあるかなぁ、と私の心配
ごとでした。

だからこそ、体の調子が悪い場合、すぐに帰宅して寝る、翌朝、
病院へいくということも徹底していました。
あるとき、体調をくずして帰宅する電車の中で社長から携帯電話
に連絡がありました。
体調が悪いので帰宅しています、というと、社長は、わかった、
の一言。

私も気にしませんが、社長も動じません。
企業では、これくらいの関係が普通に必要です。
自信をもって仕事をし、体調が悪ければ自分で管理する。
私にとってどの企業においても同じ行動をしてきました。

一般論としての仕事のあり方と個人の仕事あり方には違いがありま
す。
人間も違えば、企業も違い、やっている仕事内容も違います。
健康状態も同じです。

すべては、自分からはじまり、そして自分でおわります。