人生にはわからないままのこともある

私は結婚を約束していた女性がいましたが、あるとき突然わかれ
ました。
理由はあると思います。
もっとも、それまでにいろいろあって、私の責任もあるのでしょ
うか。
両親にも会わせていたので大変でしたが。。。

それ以来、長い歳月が過ぎ去りましたが会っていません。
人生にはわからないままのことがあります。
無理にこじ開けることもないでしょう。
私は心の中が宙ぶらりんの状態を数年続けたでしょうか。

追いかけることもしません。
めんどくさいのです。
生まれつきの横着者でしょうか。
ひとりで苦しみ抜きます。

人生には、短い間ですが、充実した日々があります。
それだけで幸せな時間は続くものです。
人生を彩る風景には、楽しいこともありますが、悲しさや寂しさ
という風景もあります。
どれも自分の人生。

その人生にこそ、意味があるのかもわかりません。

待つことと自信をもつこと

ある企業に在籍していたとき、人事の実務ができる担当者を探し
ていました。
幸い、部下が派遣をしていた女性を知っており、採用することに
なりました。
ただし、社長からは契約社員でという条件付きでした。
私は、この条件を提示して採用しましたが、実務能力が高く、正
社員として雇用してもよい、と思える人材でした。

もっとも、本人も正社員を希望していましたのでチャンスはある
と、考えていました。
しかし、2年経ても正社員登用はできず、本人は私から社長へお
願いしてもらえませんか、と話がありました。

私はこのようなとき、無理に話を進めることはしません。
理由は、実力がある人ほど、待つことが必要だ、と思うからです。
他人に依頼して登用されるか、あるいは自分の実力で登用を勝ち
取るかで、その人のその後の人生が変わると信じています。

案の定、それからわずかな期間で社長から正社員へ登用したいと
いう打診がありました。
社長の言葉は、本当に仕事ができるね、でした。
本人へ伝えると、非常に喜んでいました。
しかも、実力が認められた登用です。

厳しいようですが、私は、能力が高い人ほどその人の力で昇格等
を勝ち取れるよう指導します。
人生には、待つことと、自信をもつことが必要なときがあります。
優秀な人ほど時間をかけて仕事をやってもらいます。

能力が高い創業経営者が、このような人材をほっておくことはあ
りません。
だからこそ、今でも着実に成長を続けているのだと、思います。

大手企業でもめんどくさいことがある

私が在籍していたある大手企業では、契約社員と正社員の軋轢が
あり、これもまためんどくさい話です。
この企業、日本でも多くの契約社員を雇用して事業を進めている
関係で正社員と契約社員のトラブルが大なり小なりあるのです。

一旦できた溝を埋めるのは大変です。
トラブルは大きくなり、経営課題になってきているようです。
私がいた子会社ではそれほどでもありませんでしたが、私といっ
しょに仕事をしていた正社員の女性は、徒党を組まれてはじきだ
されていました。

それでも本人はわりとケロットしていたので、間に入る私は助か
りましたが、社員間の相性はなかなかむずかしいものがあります。
私も唯我独尊タイプで干されるほうですからよくわかります。
もっとも、私は意識的にやっているところもありますが。。。

要は、ベタベタする関係が嫌なのです。
属人的関係=比較的嫌な関係
私は、属人的に仕事を進めるより、ビジネスライクに仕事をやれ
ば、というスタイルです。
ビジネスライクにやると、結構、人から嫌われますが。。。

その点、ソニー子会社は、私のスタイルにぴったりでした。
ただし、採用してくれた社長がいる間だけでしたが。。。
社長が変われば、やはり、人間関係がごろりと一蹴され、むずか
しい立場に追いやられます。
採用してくれた社長が、ビジネスライクだっただけで、私は、こ
の社長と属人的だったのかもわかりません。

今のように比較的人間関係を気にしないでできるひとりでやる仕
事が、私にはぴったりでしょうか。

くびになるパターン その二

中小企業が大きくなっていくときにむずかしいかじ取りのひとつ
が、従来からいる人材、あるいは創業期からいる人材の処遇です。
株式公開を考える場合、企業に必要な要素が大きくかわります。
いわゆる業務の専門性です。

従来からいる社員を部長などに処遇していれば、当人は、相当な
焦りがあるでしょう。
だいたい、このタイプは社長に近いということで権威を振りかざ
しますが。。。
実務能力はありません。

そこへ転職組が入ってきてあらゆる仕事の見直しをおこないます
から、その点で専門的な知識がなければ、仕事に対応することが
できません。
このような処遇をおこなっている経営者は、それでも株式公開で
きると考えているようでした。

私がくび(解雇)になったパータンその二は、こんな状況だった
でしょうか。
このように従来から在籍している人が、転職してきた人たちと徒
党を組み、私を排除しました。

ある日、社長から呼ばれて、やめてくれの一言。
話を聞いていると、お前が勝手になにかをやっているというよう
なことでした。
私は、この手の話に乗りません。
このような環境は、私にはめんどくさい、としか思えません。
所詮、このような話に乗る社長は、先が知れているからです。
即答。
退職します、と。
さっさと切り替えて、次の仕事を探します。

数年後、この会社は見事に倒産しました。

私の経験したなかでは、このような状況は、案外多いのです。
転職する場合、中小企業の本質的課題でもありますが、転職者は
無駄な転職にならないように注意が必要です!

深堀する人

仕事は、自分自身で深堀することが求められます。
深堀するためには、自分で物事を把握する力、ポイントオブビュー
が必要です。

では、ポイントオブビューはどのようにして養うのか。
自分自身の日常生活からつかみ取るのです。
なにか、おかしいという疑問点をもつ、感じる。
で、調べる。
自分で納得できる解を求める。
徹底的にやる。
この繰り返しです。

それでも、相手があることですからうまくいかないことも多々あり
ますが、深堀することで自分自身の血肉となって、さらなる段階へ
昇華していきます。
他人にすぐ頼らいことです。
自分が推定した解をもって他人に確認することはよいでしょうが、
それでもそれが真の解とは限らいところが、ビジネスの面白いとこ
ろです。

解(予測)からはじめよ。
そしてすばやく行動、トライアンドエラーの繰り返し。
思考3割、行動7割が私の持論です。
これって、自分の生活でも役に立つこと間違いなし!

遊び心と面白さがあってこそ、人生(仕事)を楽しめるのかもわか
りません。

仕事に確立されたスタイルはない

私は、仕事とは自分のスタイルを確立するための闘い、と定義して
います。
理由は、スポーツと違い、仕事は確立された一定の型がないと思う
からです。
仕事のためのアプローチには、あらゆる方法があるということです。

ロールモデルといわれる人をまねて仕事をはじめましたが、当然な
のですが、自分仕様になっていきます。
それはそうですね。
自分とは、他人とは違う存在だからです。

だからこそ、仕事のスタイルをどのようにとらえるかは、その人の
人生にまで影響するのです。
毎日、仕事をしていればいいだけではありません。
仕事の結果を出すことは当たり前であり、そのうえでどのような人
生を過ごすのかを考えることで仕事における自分の厚みも変化して
くるのではないでしょうか。

仕事をすること、本を読むこと、自然に触れること、多くの学びの
中で自分のスタイルを確立することが、仕事を、そして人生を豊か
にしてくれると、私は信じています。

他人ではなく、あくまで自分のスタイルです。

機能不全に陥る社会

社会のいろいろな場面をみるにつけ、社会は機能不全に陥っていく
ように感じるのは、私だけでしょうか。
コンプライアンスと叫べば叫ぶほど、コンプラは低下していくよう
ですし、また、経営スピードをあげれば、あげるほど経営課題は増
加していくように思えます。

社会全体をよくしていくために多くの機能を作りあげていきますが、
むしろ機能不全をおこしているようにもみえます。
人間社会は、理想とする社会像と人間がもつ感性とが、うまく折り
合いがつかいない状態とでもいうのでしょうか。
益々、混沌とした社会になっていくようです。

頭で考えた社会は、人間がもっている本質からむしろ遠くなってお
り、言葉や会話を前提とした社会像にひずみが出ているのかもわか
りません。

理想を語ることは簡単ですが、人間が行動として体現できるまでに
は多くの教育、とくに行動を伴う体験教育(社会的な教育)が必要
でしょうか。
頭でわかることと、行動に移せることは、まったく次元が違うこと
だからです。

社会のいろいろな場面をみるにつけ、なにか欠落したものを感じて
しまうのは、言葉が優先される社会からは物事を変えていくものが
なにもうまれてこないという虚無感を生み出すからではないでしょ
うか。
この点は、これからも深刻な問題を提起するのではないか、と考え
ています。

そもそも行動から生まれる変革は、多くの時間が必要です。
この前提が理解されない社会は、コアがない浅薄な議論と浮薄な行
動を繰り返す社会を生み出しているのかもわかりません。

いずれにしても、むずかしい時代を背負っていることは間違いない
でしょう。

グレーゾーンを利用する企業

昨日、再度スシローが問題を起こしましたが、このような問題、い
わばグレーゾーンで商売する企業はほかにもありそうです。
まぁ、わからなければよい。
あるいは、わかったときは、それなりの言い訳で逃れようという姿
勢でしょうか。

実は、このようにグレーゾーンで商売する企業は、ほかにもありま
す。
飲食業のように多数によって一度に発覚されるところではなく、個
別に対応しているため、なかなか発覚されません。

今般、火災保険の付保企業を変更しましたが、以前付保していた企
業はこのタイプです。
ある種、開き直って対応していました。
すぐに解約し、他社に変更しました。

水面下では、問題が進行しているようで、いずれ社会問題化するか
もわかりません。
このような企業とは、リスク管理上もすぐに解約し、適正に運用が
なされている企業へ変更することが最善です。

消費者という立場は、選択権を行使できる立場です。
自らがどれを選択するかは、常に自分自身にあるということです。
私は、スシローを使うことがほとんどありませんので、実害はあり
ませんが、この先、スシローを選択することはないでしょう。

やはり、世の中をみていると誠実に向き合う企業は、適正な原価の
なかで仕事をしているように思われます。
そのような姿勢を読み取る力をつけるのも、消費者の責任ではない
でしょうか。

成長しない経済環境やこれまでにない災害環境など、消費者にとっ
ても厳しい時代になったことは間違いないでしょう。

雨もさまざま

今年は芝の生育がよくありませんでしたが、ここにきてこの雨の
おかげで急速に生育がよくなりました。
春先から6月までとは打って変わって、この7月の雨でぐんぐん
と芝が成長しました。
当然、晴れ間におこなう芝刈りはたけが伸びているだけ大変です
が、それでも力強い芝ををみていると、こちらも元気になります。

雨も多すぎると災害になり、少雨であれば渇水となり人間生活を
脅かします。
適当な雨量というわけにはいきません。
それが自然の営みでしょうか。

火災保険を新たにしましたが、これまで付保していなかった水災
を追加しました。
理由は、ゆるやかな傾斜地ですが、数年前にみたゲリラ豪雨時に
道路を流れる雨の姿です。
道路というよりは、川になっていました。

斜面ですから水没することはないでしょうが、それでもメディア
でみる豪雨時の状況は、私が想像していた以上でした。
私はリスク管理を投資と考える立場ですから、安全にはお金を投
資します。

自分の想像を超えた状況をどのように自分のものにするかわ、こ
れもまた、ひとそれぞれの感じ方でしょうか。
行政の避難指示などがうまく機能しないのは、人間はそれぞれ感
じ方が違うからでしょう。

むずかしい時代になりました。
めんどくさがり屋の私ですが、芝刈りや庭木の剪定、植栽などは
めんどくさいと感じないのも不思議です。

芝や庭木、あるいは花などは、私にとっては、友だからでしょう
か。
不思議です。。。

人間がみる景色は狭い

普段、人間がみている景色は、案外狭いと思います。
なにかあったとき、たとえばけがや病気などをすればよくわかり
ます。

今、少し腰を痛めていますが、それだけで洗面台がこれまでの距
離と違い、遠く離れてみえます。
こんなに蛇口や洗面台が小さくみえるのか、と感動すら覚えます。

日頃、それだけ腰に負担をかけて生きているのです。
何気ない日常とは、本当は、意識することなく生きているという
証なのです。

このような経験を通して人間というものは、ということを知る機
会になるでしょう。
人間とは、ひとつひとつの経験の積み上げから人間そのものを理
解していく生き物なのかもわかりません。